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収容病棟

収容病棟

『鉄西区』『三姉妹〜雲南の子』ワン・ビン[王兵]監督最新作

舞台は中国南西部、雲南省の精神病院──。ここには二百人以上の患者が“異常なふるまい”を理由に収容されている。

監督=王兵(ワン・ビン) 撮影=ワン・ビン/リュウ・シャンフイ 編集=アダム・カービー/ワン・ビン
製作=Y.プロダクション/ムヴィオラ 原題=瘋愛 配給=ムヴィオラ
2013年|香港・フランス・日本|237分(前編122分/後編115分)|中国語(雲南語)

6月、シアター・イメージフォーラム

© Wang Bing and Y. Production

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作品情報

場面写真

誰も真似できない
唯一無二のカメラ=“ワン・ビンの距離”が、
またしても新たな傑作を生み出した。

精神病患者が1億人を超えたと言われて久しい中国。
その精神病院で撮影された初めての国際的ドキュメンタリー。
しかし、“初めて見る中国の精神病院の内部”という衝撃以上に、
胸に残るのは、世界の経済大国・中国で「存在しない」ことになっている
隔絶された場所で生きる人間たちの、
誰も耳を傾けることのない、愛を求める声である。
世界の注目を集めつづけるワン・ビン監督は、
誰も真似できない唯一無二のカメラ=“ワン・ビンの距離”で、
私たちを鉄格子の中に難なく招き入れ、彼らと出会わせ、
何が異常で何が正常なのか、そんな境さえも消しさって、
またしても新たな傑作を生み出した。
場面写真

ワイズマン『チチカット・フォーリーズ』、想田和弘『精神』に連なる新たな傑作。

2013年ヴェネチア国際映画祭で、特別招待作品としてワールドプレミアされ、映画の地平を大胆に切り拓いたと衝撃を与えた『収容病棟』。記念碑的ドキュメンタリー『鉄西区』(1999-2003)を発表以来、世界に驚きを与え続けている映画作家ワン・ビンの最新ドキュメンタリーである。今回、ワン・ビン監督が撮影したのは、中国南西部雲南省にある、社会から隔離された精神病院。フレデリック・ワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』、想田和弘監督の『精神』など精神病院を題材にした名作ドキュメンタリーに連なる新たな傑作だ。

場面写真

「精神病患者1億人」の中国。
鉄格子の中に様々な理由で収容された人たちが生きている。

2010年に「精神病患者1億人」と当局が発表以来、経済成長がもたらす急激な社会変化によって、中国の精神病患者は増加の一途をたどっている。その実態はベールに包まれているが、この病院には、200人以上の患者が収容され、中には入院して20年以上になる者もいる。患者たちは多種多様で、暴力的な患者、非暴力的な患者、法的に精神異常というレッテルを貼られた者、薬物中毒やアルコール中毒の者、さらには、政治的な陳情行為をした者や「一人っ子政策」に違反した者までもが、“異常なふるまい”を理由に収容されている。その様子からは治療のための入院というより、文字通り「収容」という言葉が正しく思えてくる。

唯一無二の“ワン・ビンの距離”。そのカメラが記録した人間そのものの姿。

撮影は2013年1月から4月、3ヶ月あまりの間、ワン・ビン監督はほぼ毎日、たった2人のクルーで撮影を行った。収容者たちは、時に、カメラに笑顔を向けて撮影者に親密な感情を表すこともあるが、ほとんどは撮影されていることなどまったく忘れているかのように自然にふるまっている。カメラの存在を隠す訳ではないのに、自然とカメラが消えていく。この誰も真似できない唯一無二の“ワン・ビンの距離”。その映像は驚くべきことに、何の説明もなしに、観客を難なく鉄格子の中に招き入れ、スクリーンと客席の境を消してしまう。さらには、異常とか正常とか、そんな境さえも消しさって、私たちはただそこで人間と出会う。そして、いつのまにかそこに映る人々を、とても親密な愛おしい人々と感じてしまうのだ。なんという人間たち!なんという映画!

場面写真

誰も聞かない声を聞く。そこにこそ自分の存在意義がある。

4時間に近い本編の中で、カメラは一度だけ病院の外に出る。帰宅措置となる青年患者に同行するのだ。衣食住にも事欠く貧しい家庭からは、病院に収容されていることが「ある者には残酷でも、ある者にはむしろ幸福とも言える」(ワン・ビン監督)事実が胸に迫る。3ヶ月に及ぶ撮影の後に監督が感じたのは、不自由な鉄格子の中でも、愛を求める人間というものの本質だった。誰も聞こうとしていない彼らの声。映画は、その声に静かに耳を傾けている。それこそが変わることのないワン・ビン監督の姿勢である。
なお本作はワン・ビン監督にとって、初めての日本との共同製作作品となる。

今、私たちがいるのは鉄格子の中なのか?
スクリーンとの境を消し、
異常と正常の境を消す奇跡のドキュメンタリー。

場面写真

前編雲南省の精神病院。男性患者の収容病棟。中庭を囲む回廊。病室のいくつものドア。カメラが患者たちの日常を映し始める。誰かと一緒に眠りたがる唖者のヤーパ、ひたすら家を恋しがる青年マー、騒ぎをおこして手錠をかけられるインらに目を奪われる。

前編収容患者たちの繰り返される日常にもドラマがある。階下の女性患者と心通わせるプー、夫が12年も収容されているマー夫婦、そして病院を出て家に帰ることになるジュー……。ジューの背中を追う長いショットの動揺するほどの美しさは何を語るのか。

監督

ワン・ビン|王兵

ワン・ビン|王兵

1967年11月17日、中国陝西省西安生まれ。街で生まれたが、飢饉のため幼少時に農村に移り住む。父は出稼ぎに行き、母・妹・弟と暮らす。14歳で父を亡くし、父の職場だった「建設設計院」に職を得て、14歳から24歳まで働く。職場で知り合った建築士らの影響で学問と写真に興味を持ち、瀋陽にある魯迅美術学院写真学科に入学。映像へと関心を移し、卒業後、北京電影学院映像学科に入学。1998年から映画映像作家として北京で仕事を始め、インディペンデントの長編劇映画『偏差』で撮影を担当するが、仕事に恵まれず、瀋陽に戻り、1999年から『鉄西区』の撮影に着手。9時間を超える画期的なドキュメンタリーとして完成させる。同作品は2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリはじめリスボン、マルセイユの国際ドキュメンタリー映画祭、ナント三大陸映画祭などで最高賞を獲得するなど国際的に高い評価を受ける。続いて、「右派闘争」の時代を生き抜いた女性の証言を記録した『鳳鳴―中国の記憶』(2007年)で2度目の山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリを獲得。2010年には、初の長編劇映画『無言歌』を発表。初めて日本で劇場公開され、キネマ旬報の外国映画監督賞にも選ばれた。2012年には雲南省に暮らす幼い姉妹の生活に密着したドキュメンタリー『三姉妹〜雲南の子』を発表し、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門グランプリなど数々の国際賞に輝いた。2014年には現代アートの殿堂、ポンピドゥー・センター(パリ)にて1カ月以上にわたるワン・ビン監督の回顧展が開催されている。

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彼らの日常生活の繰り返しは、時間というものの存在を増幅させる。
時間が止まるとき、そこに人生が現れる。──ワン・ビン監督

2003年の秋、私は北京の近郊でいくつかの精神病院を見つけました。病院の周りには誰もいなくて、まるで空っぽの建物のように見えました。私は、一人で中へ入って行きました。そこで私は、とても不思議な感覚を覚えました。すべてのドアと窓は閉めきられ、壁は、ところどころ剥げ落ちていました。私は、その不思議な感覚に引きつけられました。
突然、ドアが開き、私は男性たちのグループと向き合う形になりました。彼らは、青と白のガウンを着ていました。看護士が来て、彼らは病院の患者であると告げました。彼女に話を聞いてみると、彼らの多くが10年も20年も病院で暮らしているのだと言いました。私は彼らに強烈な何かを感じ、映画を作りたいと思いました。しかし、その病院は、撮影を拒否しました。
2009年、私は再びその病院に行きました。以前会った患者の数人は、すでに他界していました。そして私は、中国の収容病棟の中で生きている人間について映画にしなければならないと考え続けました。

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2012年になり、私は雲南省で精神病院を見つけました。この病院は、私に撮影を許可してくれました。そして私はこの映画の製作に着手しました。
病院には、自由はありません。しかし、鉄格子で閉じ込められているにも関わらず、彼らは彼らの間に、道徳による規制も行動の規制もない、新しい世界と自由を創りだしています。夜の灯の下、ゴーストのように、彼らは彼らの必要としている、肉体的または感傷的な愛を求めます。
この映画は、家族や社会から見放された人間たちに近づいて行きます。彼らの日常生活の繰り返しは、時間というものの存在を増幅させます。そして、時間が止まるとき、そこに人生が現れるのです。

上映劇場

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