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杭州市、富陽。大河、富春江が流れる。しかし今、富陽地区は再開発の只中にある。顧<グー>家の家長である母の誕生日の祝宴の夜。老いた母のもとに4人の兄弟や親戚たちが集う。その祝宴の最中に、母が脳卒中で倒れてしまう。認知症が進み、介護が必要なった母。「黄金大飯店」という店を経営する長男、漁師を生業とする次男、男手ひとつでダウン症の息子を育て、闇社会に足を踏み入れる三男、独身生活を気ままに楽しむ四男。恋と結婚に直面する孫たち。変わりゆく世界に生きる親子三代の物語。
これが長編デビューとなる、まだ若い監督の映画が、いきなり2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれた。監督のグー・シャオガンは、山水画の絵巻「富春山居図」にインスピレーションを得て、クラシックでありながら、革新的な映画を完成させた。エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーの遺伝子を感じさせる新世代の才能として世界に迎えられたのだ。息を呑む横移動スクロールの超ロングテイクや壮大なロングショット。激動の中国に生きる、ある大家族の営みが、まさに絵巻としてスクリーンに広がる。
1988年8月11日生まれ。浙江理工大学に進学。
最初はアニメ・漫画コースに行きたかったが、希望のコースに行けず、服飾デザインとマーケティングを学ぶ。その後、映画作りに目覚め、北京電影学院社会人コースなどを聴講。ドキュメンタリーや短編劇映画に着手。初長編映画となる本作『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は2年に渡る撮影期間の後、完成し、デビュー作にして2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれて、大きな話題となる。現在も、映画の舞台である浙江省杭州市富陽に暮らす。


Q        この映画を撮ろうと思いついたのはいつごろですか?
監督 北京電影学院で勉強した後、「北京で勉強もしたんだから、これはもう何がなんでも一本映画を撮らなければ」と目標を決めたんです。それから内容を考え始めました。そこで最初に心に浮かんだのが、自分の家族のこと、両親がやっていた料理店のことでした。それで、北京から地元に帰りました。すると、生まれ故郷の街の変化に気がついたんです。2022年にアジア競技大会が開催されるので、それにむけて街全体がアップデートされていました。3つの大きなスタジアムや外国からのゲストや選手が泊まる場所を作るのに、立ち退きや取り壊しがすすみ、街は急激に変化していたんです。僕はドキュメンタリーを作っていた経験から、この瞬間の街を記録することに義務感と言うか、意味を感じました。変化でもあるし、新しい時代の到来でもあると感じました。故郷の急速な変化に強い衝撃を受けたのは、ジャ・ジャンクー監督の『山河ノスタルジア』(2015)の影響もありました。ここで育ってきた人間からすると、目の前で起きている変化は、これまで無かったものだったんです。地元の人間としての意識と、クリエイターとしての意識の両方から、今のこの時代を記録したいと思いました。

その変化を、どう脚本にしていくかというところから、物語や人物の構成を考え始めました。地元に帰る前に両親の料理店を題材にしようと思った時は、単に記憶や思い出を映画にしようと考えただけだったんですけど、街の変化を見た時に時代性を考えるようになりました。そして、この時代をいろんな角度から捉えるべきなのではと思い、そこから(主要キャラクターである)四兄弟が現れました。

(中国インタビューより)
北京から帰った時、故郷に対してよく知っているのに同時によく知らない感覚を感じました。エドワード・ヤン監督は「三つ目の眼」と言いましたが、ヤン監督はアメリカ留学から台湾に帰った時に、都市を見つめる新しい視点を得たと言っていて、それに近い感覚だったんだと思います。

台湾ニューウエーブには大きな影響を受けました。ホウ・シャオシェン監督とエドワード・ヤン監督は、自分の民族文化から世界観を生みだした偉大な監督だと思います。ホウ・シャオシェン監督の中国文人的な美学とエドワード・ヤン監督の都市と時代への視点、そして何よりも二人の監督に共通している現代の家族への慈しみや諦観は僕が作りたいと思った映画に共鳴しています。
Q        『春江水暖~しゅんこうすいだん』は、中国山水画の傑作「富春山居図」からインスピレーションを受けたそうですね。
「富春山居図」は富陽で描かれた絵画です。中国と西洋はそれぞれの芸術的美学を持っていますよね。どちらが優れている、劣っているということではなく、ただ二つの美学には違いがあるだけです。西洋の絵画における特徴のひとつは空間を表現することですが、中国の伝統的な風景画は、宇宙的な感覚、時の永遠や空間の無限を記録するために、時間と戯れることを試みるのです。
その表現のために、中国絵画は時に現実的な光や影の表現といった他の要素をあえて排します。「富春山居図」の画家、黄公望は常に絵画の焦点を変化させ、統一された完璧な視覚体験の中に様々な角度を取り入れているのです。鑑賞者は絵画の中を流れいき、立ち止まり、自分も空に浮かんで飛んでいるような気分になったり、大地を感じたり、森の中にいるような気持ちになったりします。それは絵画という二次元的なものから解き放たれる経験です。伝統的な絵巻は右から左へとゆっくり観賞します。巻物を進めるごとに少しずつ、更なるイメージやプロットが見えてくるんです。それって何だか映画のようだと思いませんか。
Q        監督はこの映画を作る前から山水画に関心があったのですか?
細々とバイトの仕事をしていた頃、撮影の仕事をもらったんですが、それは書道教室の動画を撮るという依頼でした。そこで教えていたのが若い先生で、書道に始まり、中国の文人や思想についていろいろ教えてくれて、とても触発されました。それで、山水画を含む中国の伝統芸術に目覚めたんです。それから一年くらい経って、故郷の富陽で映画を撮るとなった時、避けては通れない歴史的な遺産が「富春山居図」だったというわけです。
地元を描いた素晴らしい芸術が残されているのですから、この偉大な芸術品がここにある意味や、絵に描かれた場所に今生きていて、この絵をどのように扱うべきなのかを考えました。そして、中国の伝統的な山水画を映画に変換して描いたら、面白いのではないかと考えついたんです。「富春山居図」があったからこそのアイデアです。ただ、脚本を書いている段階では、長い絵巻物を展開していくようなスタイルにできたらいいなと思っていただけで、実際にどうやって撮影し、どうやって絵巻物のように見せるかというのは、クルーと一緒に模索していきました。
Q        監督と意思の共有ができるクルーだったのですね。どのような人たちですか?
経験豊富なスタッフはいませんでした。年齢的には自分と同じくらい、年下の人もいました。アート系映画やネット系のドラマなど劇映画の経験はありましたが、いわゆる商業的な大きな映画システムに入っている人はいませんでした。2年という時間をかけて撮ったというのが、スタッフにも良かったと思います。大体の人の経験値が同じくらいなので、1年目はとにかく撮影ができればいいという感じで、ただ撮影が回るように働くだけで精いっぱいでした。でも2年目になると皆に余裕がでてきて、現場でクリエイティブなことをどんどん発展させられるようになったと思います。
中国の仕事の出世スピードってすごく早いんですね。映画を志す若者も、どんどん上に行こうとして、それこそアシスタントだった人が1年でセカンド助監督になったり、撮影監督になっていたり。そんな中で、2年という長い時間をかけられたことで、皆ゆっくりと自分の仕事を成長させることができたり、経験できたっていうのも良かったと思います。
Q        夏にジャン先生が泳ぐ横移動のシーンを監督は「横スクロール」と言っているそうですが、あのシーンは、最初は横移動し、岸に上がって奥に移動する二人をカメラが追い、船にまで上がっていきます。こうした見たことのない撮影について、現場スタッフはどう受け止めていました?
皆、僕の考えや願いをなんとか努力してやってくれようとしました。日本はわからないですが、中国国内で言えば、見たことのない絵を撮ろうとか、クリエイティブなことをしようということに、皆、比較的協力的だと思います。新しいアイデアが出ると、非常にエキサイティングになるというか。逆に、よくある撮り方や演出にしようとすると、皆あまりいい反応をしてくれません。僕の映画に最後まで残ってくれた人たちや一緒にやってくれた人たちは、特別な時間や創造性を発揮できる空間を見つけてくれたんだと思います。
Q        映画の冒頭から20分頃の横移動のシーンで、突然雨が降りだすところも素晴らしいんですが、映像がすごく揺れていますね。あれはもっと揺れていた映像をポストプロダクションで修正したのでしょうか?
あのシーンは、おっしゃる通り、すごく手振れがあったので、ポスプロで修正を加えました。実はあの映像は、本番の映像ではなくて、ロケハン中にハンディカムで撮ったものなんです。河の上で船に乗ってロケハンをしていたら、急に雨が降りだして。
夕暮れに近い時間でした。僕はずっと富陽に暮らしてますが、あんなに美しい光景は初めて見たんです。それから陽が射して、天気雨になって、とてもアメイジングだったんです。こういった神様が贈ってくれたような光景は滅多に見られるものではないので、確かに技術的な問題はあったんですけど、あえて本編に入れました。この撮影の時の状況や奇跡の贈り物のような瞬間を、見た方が容認してくれたらいいなと思っています。 この映画全体に関して言うと、「待つ」ということはとても重要でした。真実が降ってくるのを待つような忍耐を、スタッフ皆よくやってくれたと思います。中国の芸術作品でよく使われる「気韻生動」という言葉があるんですね。生命力を宿していて生き生きとした印象を作品に残すことはすごく重要だということです。なので、僕たちの映画も、そうした生命力を宿したものであって欲しいなと思います。
Q        キャストの皆さんは監督のご親戚や地元の知り合いの方たちだと聞きました。それは予算的なものが大きな理由だったのでしょうか?
製作費を節約できるという理由も大きなものでしたが、富陽のある瞬間をリアルに浮かび上がらせるために、また市井の人々の情感を映像に入れるために、実際にそこで生きている人に演じてもらうことが大事だと思ったんです。おばあさんの役と、グーシーはお芝居の経験のある方ですが、長男夫婦は実際に料理店をやっている叔父さん夫婦だったり、自分に近い役を演じることで、いろいろな面で市井の人の現実性を映せたと思います。(各キャストのプロフィールは登場人物を参照)。
撮影 ユー・ニンフイ、ドン・シュー Yu Ninghui/Deng Xu
本作は撮影期間が2年に及んだため、二人のカメラマンが撮影している。二人ともプロデユーサーの知り合いで、ドン・シューは北京電影学院の撮影コース卒業。撮影現場に手伝いに来た制作助手の富陽出身の女性と、本作完成後に結婚したという。ユー・ニンフイは本作の前に自身も監督作を手がけていて、兄貴分な性格もあり、シャオガン監督は「僕の代わりにいろんな人を怒鳴ったりしてくれました(笑)」と語っている。 各撮影期間の担当は、2017夏&秋=ドン・シュー、2018冬&春&夏=ユー・ニンフイ、2018秋&冬=ドン・シュー&ユー・ニンフイ、2019春=ユー・ニンフイ。
音楽 ドウ・ウェイ Dou Wei
中国を代表するロックアーティスト、作曲家、音楽プロデューサー。1969年10月14日、北京生まれ。中学時代からロックに興味を持ち、高校を中退してライブ活動を行うようになる。1988年、黒豹楽隊にボーカルとして加入。黒豹楽隊の多くの詞・曲を手がける。1991年10月、グループを脱退。次に、做夢楽隊を結成したが、1992年10月に做夢楽隊は解散。ソロ活動を始め、大規模なロックコンサートに出演するなど人気を集め始める。
1994年、ソロデビューアルバム『黒夢』を発売し、大ヒット。1995年10月にはセカンドアルバム『艶色天』を発売。翌年、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』の主演でも知られる人気シンガー、フェイ・ウォンと結婚し、子供をもうけるが、1999年に離婚。娘のリア・ドウもミュージシャンで、2016年には日本デビューも果たしている。ド・ウェイはその後も、活躍を続け、2000年2月にはベストアルバムを発表。同年、7月には日本独自編集によるベストアルバムも発売。2002年には、暮良文王というバンドを結成。2003年アルバム『暮良文王』を発売。同年、不一定楽隊とライブを行い、9月には不一定楽隊としてアルバム『五鵲六雁』も発表。不一定楽隊は、不定形なセッション・プロジェクトで、古楽のようなメロディやミニマルなリズム、エレクトロニクスなどを駆使し、中国の伝統音楽のエッセンスを生かしたインストゥルメンタル・サウンドを展開。ドウ・ウェイは、今やロックミュージックだけでなく、アンビエント音楽や映画音楽の第一人者としてもカリスマティックな活躍をしている。
芸術コンサルタント メイ・フォン Mei Feng
ロウ・イエ監督作品で知られる脚本家。主な脚本作品にカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した『スプリング・フィーバー』(2009)や、『天安門、恋人たち』(2006)、『二重生活』(2012)、『シャドウプレイ』(2018)など。監督作に『ミスター・ノー・プロブレム』(2016/東京国際映画祭コンペティション部門上映)、『恋唄1980』(2020/東京国際映画祭TOKYOプレミア2020部門上映)がある。
プロダクション ファクトリー・ゲイト・フィルムズ Factory Gate Films
2017年に設立された北京を拠点とする制作会社。アート系から商業映画まで幅広いラインナップを手がける。新しい才能の育成に重きをおき、中国と世界中の観客に届けるべくユニークかつハイクオリティの映画の製作を理念としている。 本作以外の主な制作作品に、 「MR.BIG」(TONG Shengjia/2018) 、「DAMP SEASON」(GAO Ming) 、「THE RETURN」(FANG Liang) 『羊飼いと風船』(ペマ・ツェテン監督/2019*2021年1月日本公開)など。
春江水暖
本作のタイトルである春江水暖という言葉は、宋代きっての文豪で、書家・画家としても優れ、音楽にも通じていた詩人・蘇東坡<そとうば>が、 こよなく愛した富春江の風景をうたった代表的な詩「恵崇春江晩景<えすうのしゅんこうばんけい>」の一節からとられている。

竹外桃花三両枝 春江水暖鴨先知 ロウ蒿満地蘆芽短 正是河豚欲上時
日本語) 竹外の桃花 三両の枝 春江 水暖かなるは 鴨先ず知る ロウ蒿 地に満ち 蘆芽短し 正に是 河豚上らんと欲するの時

意味)竹林の外で桃の花が二枝三枝と開く。春に川の水が暖かくなってきたのを最初に知るのは鴨だ。シロヨモギが岸辺に咲き乱れ、アシが短く芽吹いている。今はちょうどフグが川を遡る時期だ。
富陽<フーヤン>
本作の舞台はシャオガン監督の故郷である浙江省杭州市富陽。撮影もすべて富陽で行われた。この地域は、旅行者や中国文学に親しむ人々に愛される「江南水郷地帯」にある。「江南」とは「長江(揚子江)の南」の意味で、上海近郊の地域一帯の上海、杭州、紹興、蘇州、鎮江などを指す。日本と同様に四季があり、川が流れ、山河豊かな景勝地として古来、多くの芸術作品に描写されてきた。富陽は2014年から杭州市の市轄区に改編されたが、以前は、富陽県として独立していたので、住民は今でも杭州と富陽を区別して呼ぶことが多い。
亀川閣(映画より)
楼閣の前を流れる川が満ち引きによって水位が上下し、水位が引いた時に現れる石の形が亀に似ている。満月の夜になるとその亀が天を仰いでいるように見える。「亀川月を望む」という熟語があり、そこから名付けられたという。
富春江<ふしゅんこう>
映画の冒頭、次のような言葉で説明されている。
富陽に大河あり 名を富春江という
両岸には“鸛山”と“鹿山” 河は杭州を通り東シナ海へ
元代には黄公望がこの地に隠遁し有名な“富春山居図”を描いた
富春県の歴史は秦代にまで遡る 孫権はここで呉を建国し
その子孫は今も龍門古鎮に居住する
また、グーシーとジャン先生の船の上の披露宴で「私の故郷は富春江、皇帝孫そんけん権と郁いく達たっ夫ぷの故郷」と歌われる場面もある。
*孫権:三国時代の呉の初代皇帝。
*龍門古鎮:富春江の南岸にあり、村の90%以上の住民が孫権の子孫。数多くの明清時代の建築物が保存され、人気の観光地ともなっている。
*郁達夫:1896年12月7日─1945年9月17日。中国近代の小説家、文章家、詩人。
富春山居図<ふしゅんさんきょず>
浙江省の省都。上海から南西へ約200kmのところにある。中国七大古都の一つ。自然豊かで歴史的建造物も多く残り、地元料理も有名で、観光客に人気が高い。杭州市のシンボルでもある西せい湖こは2011年に「杭州西湖の文化的景観」としてユネスコの世界文化遺産に登録された。映画の中のセリフに出てくる「霊隠寺」は西湖周辺でも人気の観光地。民間伝説「白蛇伝」は、西湖にかかる断橋という名の橋の上で、清明節の日に、主人公が白蛇の化身に出会うところから物語が始まる。
この見事な作品は、単なるデビュー作ではない。
L'Humanité ★★★★★(満点)
シンプルかつ荘厳で圧倒的。
Les Inrockuptibles ★★★★★(満点)
グー・シャオガンは中国人監督だが、台湾の監督、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンに近い。
本作は『ヤンヤン 夏の想い出』や『童年往事 時の流れ』の子供と言っても過言ではない。
Hollywood Reporter
中国の若き天才グー・シャオガン監督のデビュー作。
トップクラスの芸術性!
Bande à part ★★★★★(満点)
これが第一作となるグー・シャオガン監督の『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は、一瞬で、映画を愛する人々を夢中にさせるだろう。
自然と季節の変化、河の生命、ある家族の運命。
それらがゆったりと流れていく。
比類のないショット、完璧な時の流れが、穏やかな呼吸の感覚を映画にもたらす。
世界と山水画の永遠の融合を賛美したい。
シャルル・テッソン
カンヌ国際映画祭批評家週間ディレクター
若き監督による、今まで見たことのない物語。
野心と謙虚さが交差して映画に奉仕する
Transfuge★★★★★(満点)
絵巻が広がるごとに現れる眺めへの、胸の高鳴りを超えるほどに、エレガントかつ刺激的なデビュー作。
Variety
ゆったりと流れる河のように。
穏やかなアプローチが、私たちに予期しない衝撃をもたらす。
Screen International
『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は中国文化のルーツを深く掘り下げている。
山水画を引用するだけでなく、山水画の本質を持った映画だ。
Cinema Escapist
物語は登場する家族の全員にしっかりフォーカスを合わせている。
この事実が、この映画の製作者の中国社会に対する政治的、社会的なメッセージを表すことを可能にするだろう。
Asian Movie Pulse