Story

1910年。ある小さな町で、ひとりのジプシー女性が出産した。人形が好きな、まだ若い母親は赤ん坊に「人形(パプーシャ)」と名付けた。少女に成長したパプーシャは、ある日、泥棒が森の木の洞に隠した盗品を偶然見つける。パプーシャはそこにあった紙が気になった。そこには文字が印刷されていた。
文字はガジョ(よそ者)の呪文、悪魔の力だと、ジプシーたちはそう忌み嫌ったが、パプーシャは文字に惹かれる心を抑えられなかった。パプーシャは町の白人に読み書きを教えて欲しいと頼み、文字を覚えてしまう。

パプーシャの父の兄であるディオニズィは、彼女のその輝く美しさに虜になり、結婚を申し込む。パプーシャはまだ15歳。はるかに年が離れた男との結婚を、彼女は拒むが、父の意向で結婚せざるを得なかった。

1949年。パプーシャら旅するジプシー一族のもとに、彼らの楽器の修理を請け負っているポーランド人が、ひとりのガジョを連れてきた。男の名はイェジ・フィツォフスキ。作家で詩人だが、秘密警察に追われ、逮捕から逃れるためジプシーに匿ってもらおうというのだ。パプーシャの夫ディオニズィは、男を受け入れるが、パプーシャは悪い予感を感じる。だが、一方で、パプーシャは男の持っていた「本」に魅かれた。

緑の草は風にそよぎ 樫の若木は老木にお辞儀する

パプーシャの口からこぼれた詩に、フィツォフスキは驚いた。「君は詩人だ」とフィツォフスキは言った。

ジプシーたちに悪い知らせが届く。ジプシーを強制的に定住させる政策が施行されたのだ。馬車で旅をしてはいけない。子供は学校へ行かねばならない。誰もが職に就かねばならない。

次に、フィツォフスキの逮捕状が取り下げられたという知らせも届く。喜ばしい知らせも、パプーシャにはフィツォフスキとの別れを意味する悲しい知らせだ。フィツォフスキは彼女に、 詩を書いて自分に送ってくれるようにと万年筆を渡した。

ワルシャワの街に戻ったフィツォフスキは、送られてきたパプーシャの詩をポーランド語に翻訳して出版の売り込みをすることを思いついた。彼は大物詩人ユリアン・トゥヴィムに相談をする。トゥヴィムは彼女の詩にすぐさま魅了され、やがてパプーシャは一躍、ジプシー詩人として大きな注目を集めることになるのだが……。

*ガジョ=ジプシーが非ジプシーを呼ぶ言葉の単数形。複数形は「ガジェ」。